地域を編む:第1回「父が語りはじめた夜のこと」


一枚の古い写真を、父に見せる機会がありました。

いまはシャッターのほうが目立つようになってしまった、かつての大通り商店街。
にぎわいの気配、軒を連ねる店々、そこに立つ人々。白黒のフレームの中に、息遣いのあふれる時間がありました。

その写真を目にした瞬間、90歳を超えた父に何かのスイッチが入ったようです。

「ここはな、昔〇〇屋があってな……」「この角に来ると、いつもあの匂いがしてさ……」「あの人はまだ生きてるか?あの人はどうなった?」

話が止まらなかった。65歳の私でさえ知らない昔の話が、次から次へと溢れてきました。
音、匂い、人の顔、季節の手触り。父の頭の中には、写真には写っていない層がいくつも重なっているようです。

写真は扉でした。父の記憶を、半世紀以上前の世界へと開く扉。

そして私はそのとき、静かに焦った。この話を、誰かが書かなければ、...消える。

地域には、記録があります。
でも、整理されていない。整理されていても、伝わっていない。伝わっていても、使われていない。

人、記憶、写真、歴史、企業、商店、民話。それらをばらばらのまま置いておくのか、一本の糸にして紡ぐのか。

地域に必要なのは、新しい資料ではなく、「編集」という営みではないか?

資料を集めること。人の話を聞くこと。写真を残すこと。
それだけでも大切だよ。しかし、それらを一つにつなぎ、「読んでみたい」と思える物語へ編み直してこそ、初めて地域の記憶は人から人へ、時代から時代へと渡っていくのではないのかな。

私は、その仕事を「地域を編む」と呼びたいと考えはじめました。

育ち返しを、始める

数年前に、立ち止まって自分の来し方行く末を見つめ直す機会がありました。
そのとき頭に浮かんだのが、昔の友人の一言。
「俺もお前も『育ち逃げ』だな」。笑いながら言われた言葉が、ずっと引っかかっていました。

ふるさとに育てていただき、ふるさとを消費してきたけど、何も返してこなかった。
子どもの時分に限ったことではなく、大人になってからも、ずっとそうだというのに。

残りの人生で、それを変えたい。その問いが、この事業のもう一つの原点にあります。

もちろん、一人で地域の歴史を残せるわけではありません。
一冊の本も、一枚の写真も、一人の証言も、多くの人との出会いがあって初めて形になります。多様な視点があって、伝わり方、伝わる相手も変わってきます。
また、次代にその活動を引き継ぐやり方も考えなくちゃなあ。

そんな思いから、この春、新しい取り組みを始めました。
プロジェクトの名前は、「とめのこし」。

地域の記憶を、人の物語として未来へ手渡していくために。地域のみんなと一緒に進める、小さな編集室のようなものです。

これから、その活動を報告するだけでなく、地域で出会った人や出来事、この仕事のおもしろさ、そして一冊の本が生まれるまでの舞台裏も、少しずつ綴っていこうと思います。

どうぞ、気長にお付き合いください。

とめのこし https://tomenokoshi.studio.site/