模造紙に、まちの声を貼る。仙台の音楽ホールの話、その2。

 


先日、宮城県内である集まりに参加していました。

仙台市とは別の自治体で、その地域では大きな公共施設をめぐる市民の話し合いです。テーブルにはお茶とお菓子。模造紙には、あちこちから出た言葉が付箋で貼られていく。そんな、わりとゆるい場でした。

そこで、ある人がぽつりと言いました。

「施設の駐車場に車を止めて、施設を使って、また車で帰ったら、意味がない。」

一瞬、場が静かになりました。

たしかに、そうです。館内に人がぎっしり入り、駐車場が満車になっていても、そこから一歩も外に出ていかないなら、まちには何も起きていないことになる。人が集まることと、まちが動くことは、別の話なのだ。


前回、仙台の新しい音楽ホールについて、イズイという話を書きました。646億円、約2000席、県立劇場との重複、震災メモリアルとの同居。切り抜いた新聞記事は、あれからも机の上に置いたままです。

あの日から、もう一つ、もやもや気にかかっていることがありました。それが、この日の集まりで、はっきり言葉になった気が。
 

集まりで、もう一つ印象に残った言葉があります。

「専門家の力を借りれば、いい施設をつくること...は、もう難しくないんですよ。だけど。」

なるほど、と思いました。図書館でも、ホールでも、成功例と呼ばれるものは、今の時代、探せばいくらでもある。だから、よい施設を設計すること自体は、そう難しい話ではないのかもしれません。

問題は、その先だ。「自分たちの施設だ」と、市民たちが思えるかどうか。まぎれもなく市民の施設なのに、開館当初はともかく次第に使われなくなっていく。


ここで、意地悪なことを考える。

こういう計画で、行政が「市民の声を聞く」というとき、しばしば取られるやり方があります。大学の先生。県や市の連盟・協会。既存の団体を代表する、数名の方々。つまり、行政としての意見の取りまとめに慣れている立場の方々に、意見を求める。

もちろん、そうした方々の見識は貴重です。一般の市民には持ちえない知見も経験も、豊富に持っておられる。それは間違いありません。

でも、それだけで「市民の声を聞いた」ことにしてしまうと、どうなるか。実際にホールを使う側、つまり日々練習を重ねている合唱団や吹奏楽団の一人ひとりからすれば、計画は、いつのまにか遠いところで決まっていくものになる。

自分事かもしれない、とおぼろげな期待を感じていたことが、決まった瞬間に、遠い存在として突きつけられる。そういう感覚を、味わったことのある人は、少なくないのではないかしら。


短期間で、数名の有識者に意見を聞いて取りまとめる。効率はいいのでしょう。でも、それでは市民は、ずっと「決まったことを知らされる」側のままです。

時間はかかっても、実際に活動している人たちの中から、小さな関わりを積み重ねていく。それは遠回りに見えて、実は、施設を「自分たちのもの」にしていく一番の近道なのではないか。あの日の集まりは、そんなことを考えさせてくれました。


これを、仙台の音楽ホールに当てはめて考えてみます。

音響、規模、建設費。こうした比較検討は、専門家の仕事です。でも、そのホールを「仙台の音楽文化を、自分たちが育てる場所」だと、市民が感じられるかどうかは、まったく別の設計が必要になる。

開館してから、初めて市民が関わるのでは遅いのです。計画段階から、実際に活動している合唱団や吹奏楽団に、開館前から使い方を試せる小さな機会を、時間をかけて広く用意する。学校や地域の音楽活動と、ホールの企画を結びつける仕組みを、早いうちから考えておく。どうすれば「聴きに行く場所」であると同時に、「自分たちの音楽活動が育つ場所」として、市民が関われる窓口を、開館前から開けておく。

さらには、一般市民、特にクラシックよりポップスの好きな人たちにとって、どうしたら魅力的な広場になりうるかも雑談する。

そういうソフト面の設計を、ハード面の比較検討と、同時に、時間をかけて進めてほしい。いや時間をかけなければ。


規模や役割分担について、もう一度考えてほしい。前回、そう書きました。

それに加えて、「造った後、誰がこのホールを自分事として育てていくのか」「その声を、誰から、どうやって聞くのか」。
 

それが実現したら、それは新しい時代の「楽都仙台」を、もう一段深いところで形づくることになるのではないか。そんなことを、あの日のお茶とお菓子の残った模造紙を思い出しながら、考えています。

意見書には、別紙として、この話も添えることにしました。

さて、これがどこまで届くものか。

#写真は、仙台市の基本設計(中間案)から交流イベントロビー